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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)616号 判決 1996年11月06日

主文

被告人Aを禁錮一年一〇か月に、被告人Bを禁錮一年六か月に、被告人Cを禁錮一年にそれぞれ処する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から三年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人Aは、土木建設工事請負業を営む甲建設株式会社東京支店の従業員で、甲・乙・丙建設共同企業体(代表甲建設株式会社。以下、「共同企業体」という。)が、平成三年五月八日東京都から請負った、東京都江東区冬木三番地所在の内径約九メートル、深さ約三一メートルの立坑を起点として、上流側の同区東陽一丁目六番所在の豊住給水所まで約1016.5メートル、下流側の同区塩浜一丁目先まで約1428.5メートルにわたり、泥土圧式シールド掘進機を使用した泥土圧式シールド工法により地中を掘進し、土砂を坑外に搬出して、型枠(セグメント)を組み込み、内径約2.7メートルのトンネルを構築する「豊住給水所江東区塩浜一丁目地先間送水管新設その二工事」(以下、「本件トンネル築造工事」という。)の現場代理人兼共同企業体工事事務所の実質的責任者として、同工事全般を統括管理する業務に従事していたもの、被告人Bは、土木工事請負業を営む丁建設株式会社(以下、「丁建設」という。)の従業員で、同社が、本件トンネル築造工事のうち、共同企業体から請負い施工する前記泥土圧式シールド工法によるシールド掘進工事(以下、「本件掘進工事」という。)の現場代理人として、同工事における坑内作業員等に対する安全管理等の業務に従事していたもの、被告人Cは、、丁建設の従業員で、本件掘進工事の係員として、被告人Bの指示の下、主として夜間における坑内作業員等に対する安全管理等の業務に従事していたものであるが、本件掘進工事現場では、シールド掘進機による土砂の掘削に伴ってメタンガス等の有害ガスが噴出し、爆発事故等が発生するおそれがあったのであるから、

一  被告人Aは、本件トンネル築造工事の現場代理人兼共同事業体工事事務所の実質的責任者として同工事を進めるに当たり、シールド掘進機付近にメタンガス等の検知部を置いてその濃度を測定し、計測数値が一定値に至ると自動的に警報を発するガス検知警報機及び記録計を地上立坑脇の中央監視室に設置したうえ、シールド掘進機付近にも同警報器と連動して作動する自動警報器を設置して、坑内作業員に危険の発生を直接知らせる措置をとるとともに、掘削作業中は、常時中央監視室に専任の監視員を配置し、ガス検知警報器及び記録計の計測数値等を監視して坑内におけるメタンガス等の発生の有無を確認させ、メタンガス等が噴出して爆発事故等が発生する危険が生じた場合には、直ちに坑内に電話して、坑内作業員らに対し、即刻作業を中止して火気その他点火源となるおそれのある機械等の使用を一切停止し、直ちに安全な場所に退避するよう指示して、その退避等を確実にさせるなどの爆発事故等防止対策を策定し、丁建設ら下請業者等にこれを確実に実行させるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、平成四年四月一日ころから、中央監視室にガス検知警報器及び記録計を設置したものの、メタンガス等の噴出の可能性は低いものと軽信し、シールド掘進機付近に自動警報器を設置することも、夜間の作業中、中央監視室に専任の監視員を配置することもせず、前記爆発事故等防止対策を策定してその実行を指示することをしないまま、中央監視室での監視を下請業者に任せ切りにして、漫然と本件トンネル築造工事を進めた過失があり、

二  被告人Bは、平成四年四月一日ころから、丁建設の現場代理人として、本件掘進工事における安全管理等の業務に従事するに当たり、中央監視室にガス検知警報器等が設置されていたが、シールド掘進機付近に自動警報器は設置されていなかったのであるから、中央監視室での監視等に際しては、常時専任の監視員を配置したうえ、監視員に、ガス検知警報器及び記録計の計測数値等を監視して坑内におけるメタンガス等の発生の有無を確認させるとともに、メタンガス等が噴出して爆発事故等が発生する危険が生じた場合には、直ちに坑内に電話して、坑内作業員らに対し、前記一のとおり作業の中止及び退避を指示して、その退避等を確実にさせるなどの爆発事故等防止対策を徹底させるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、平成五年二月一日午後四時すぎころから、専任の監視員を配置せず、未成年で経験が浅く、臨機の対応が困難な被告人Cを、右爆発事故等防止対策について何らの指示もしないまま、漫然と、単独で安全管理等の業務に従事させた過失があり、

三  被告人Cは、平成五年二月一日午後四時すぎころから、本件掘進工事の係員として、単独で、同工事における安全管理等の業務に従事するに当たり、中央監視室にガス検知警報器等が設置されていたが、シールド掘進機付近に自動警報器は設置されておらず、また、当時中央監視室に専任の監視員が配置されていなかったのであるから、掘削作業中は、中央監視室において、ガス検知警報器及び記録計の計測数値等を監視して坑内におけるメタンガス等の発生の有無を確認するとともに、メタンガス等が噴出して爆発事故等が発生する危険が生じた場合には、直ちに坑内に電話して、坑内作業員らに対し、前記一のとおり作業の中止及び退避を指示して、その退避等を確実にさせるなどし、爆発事故等を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同日午後八時三〇分ころまで、中央監視室に在室せず、かつ、在室後も、雑誌を読みふけるなどしてガス検知警報器及び記録計の計測数値等を監視しなかったため、同日午後五時三〇分すぎころから、ガス検知警報器及び記録計の記録用紙に、下流側切羽におけるメタンガスの発生を示す計測数値が表示、記録されていたことに気付かず、同日午後一一時二〇分ころに至り、下流側切羽におけるメタンガスの噴出を知らせる警報が発報し、記録計等の計測数値が急激に上昇して、メタンガス噴出による爆発事故等の発生の危険が切迫していることに気付いたが、下流側切羽でシールド掘進機を作動させて掘進工事に従事中の坑内作業員D(当時四八歳)に電話し、同人に対し「ガスが出ているようだけど、今、俺、測りに行くから。」と告げたのみで、同人ら坑内作業員に作業の中止及び退避を指示することなく、漫然と作業を継続させた過失あり、

これら被告人三名の各過失により、同日午後一一時二四分ころ、同区塩浜一丁目二番浜園橋下地下(東京湾中等潮位マイナス約三三メートル)を掘進中、地下から噴出し、坑内に流入して滞留していたメタンガスを、坑内作業員H(当時三一歳)が運転中のホイストクレーンの電気火花等に引火させて爆発させ、よって、そのころ同所付近において、別表記載のとおり、シールド掘進機の運転等に従事していたDほか三名を爆死等により死亡させたほか、Hに全治約六か月間を要する気道熱傷等の傷害を負わせた。

(証拠)<省略>

(過失について)

各弁護人は、本件において被告人らに過失があることは争わないものの、過失の程度は軽いなどと主張しているので、本件事案に鑑み、被告人らの過失について、当裁判所の判断を示すこととする(<省略>)。

一  被告人Aについて

1 被告人Aは、本件工事の元請である共同企業体の現場代理人兼工事事務所の実質的責任者として、本件工事における安全管理についても事実上最高責任者の地位にあったものである。

そして、被告人Aは、本件工事の発注者である東京都の担当者から、シールド掘進機は有毒ガス等の検知対策を備えたものとする旨明記された特記仕様書の配布を受け、メタンガス発生の危険性を指摘されており(<証拠省略>)、甲建設社内での検討会議でも、自ら右危険性を問題提起し、当初の施工計画では、切羽(シールド掘進機付近)にも中央監視室のガス検知警報器と連動して作動する警報器を設置することとしていたこと(<証拠省略>)にみられるように、本件工事現場におけるメタンガスの発生、爆発の危険性を認識していたにもかかわらず、着工前に行われたボーリング調査でメタンガスがほとんど検出されなかったことから、本件工事全般においてメタンガス発生の危険性は低いものと軽信し、判示のとおり、十分な安全管理対策をとることを怠った過失がある。

2  これに対して、被告人Aの弁護人は、①事前のボーリング調査の結果や、本件工事現場では、掘進工事の開始以来、本件事故当日に至るまで、メタンガスはほとんど発生しておらず、その兆候もなかったから、メタンガスの発生及び爆発の予見可能性は極めて乏しかった、②切羽に警報器を設置するか否かは現場代理人の裁量に委ねられており、かかる措置をとらなかったとしても、中央監視室において監視員がメタンガスの監視及び危険発生時の坑内電話による退避指示等を適切に行うことによって、爆発事故を防止することは可能であったから、被告人Aには、切羽に警報器を設置すべき注意義務までは認められない、③被告人Aは、中央監視室でメタンガス発生の有無を監視する体制をとるとともに、被告人Bらを酸欠作業主任者に指名して毎日の作業開始前のメタンガス等の測定を指示するなど、第一次的な爆発事故対策を講じており、被告人Bの適切な指導の下、同Cがメタンガスの監視を怠らず、適切な退避指示等の措置をとっていれば、本件事故を回避することができたといえるから、本件事故は、被告人B及び同Cの過失によるところが大きく、両名に比較して被告人Aの過失の程度は軽いなどと主張している。

しかしながら、まず、右①の点については、本件工事現場である江東地区は、一般的に地下工事に伴うメタンガス発生の危険性の高い地域であり、建設業界ではこのことが常識とさえいわれていたこと(<証拠省略>)、ボーリング調査の結果は、あくまでも、当該調査箇所における結果であり、地下の地層構造が変化に富んでいることは十分に予想されること(なお、右調査の結果作成された地層構成図においても、本件事故発生地点付近は、直近のボーリング調査箇所の調査結果から地層の状況を推定する想定線が記載されていない<証拠省略>。)からすれば、事前のボーリング調査でメタンガスがほとんど検出されず、また、掘進工事開始以来本件事故当日までメタンガスの発生がほとんどなかったとしても、掘進工事の進行に伴いメタンガスが発生、爆発する危険性が低減するものではなく、これを予見する可能性が乏しかったとはいえない。

また、②の点についても、右のとおり、江東地区ではメタンガス発生の危険性が高いことに加え、地下シールド工事の坑内でメタンガスが発生し、爆発の危険が生じた場合には、メタンガスが容易に引火、爆発する危険があることからして、安全確保のため、坑内作業員に、直ちに作業を中止して火源となるような機械等の使用を停止させ、安全な場所に退避させることが不可欠であって、そのためには、メタンガスが発生して爆発の危険が生じたことを、即時かつ直接に坑内作業員に知らせる必要があり、それには、ガス検知警報器と連動して作動する警報器を坑内作業員のいる切羽にも設置することが必要といえる(被告人Aの検察官調書によれば、同人が、当初、本件工事の施工計画において、切羽にも警報器を設置することを計画したのも、かかる理由によるものであることが認められる。)。そして、本件工事を含む送水管新設工事において、周辺の他の工区では、安全確保のため、ガス検知警報器と連動して作動する警報器が切羽にも設置されていたこと(<証拠省略>)をも考慮すると、被告人Aには、切羽にも警報器を設置すべき注意義務があったというべきである。

さらに、③の点については、本件工事の発注者である東京都と共同企業体との請負契約では、共同企業体が有毒ガス等に対する十分な安全管理対策をとるべきことが義務付けられるとともに(<証拠省略>)、共同企業体の代表会社である甲建設と丁建設との工事下請基本契約においても、共同企業体が丁建設とともに安全管理に当たることとされているうえ(<証拠省略>)、本件工事の実態をみても、共同企業体側もシールド工事の専門職員を配置し、共同企業体と丁建設、再下請業者の戊工業とが、日常的に打ち合わせを行って、工事を進めていたものであり、ガス検知警報器等のメタンガス爆発事故防止のための諸設備も、共同企業体側で計画、設置したものである。

したがって、被告人Aには、本件工事における事実上の最高責任者として、判示のとおり、メタンガスに対する安全対策を講じて、下請業者に徹底すべき注意義務があったということができる。

そして、被告人Aは、ガス検知警報器や記録計の計測数値等の監視方法や、メタンガスが発生したり警報が発報したりした場合の対応等について、下請業者等に対して具体的な指示をしていなかったことが認められ(<証拠省略>)、また、本件工事においては、特に夜間の作業中に中央監視室に専任の監視員が常駐していないことや、ガス検知警報器と連動する記録計の用紙切れが度々あるなど、メタンガスの監視体制が不十分であったと認められるところ、被告人Aはこれを認識していたと認められる(<証拠省略>)。

したがって、被告人Aが、同弁護人が主張するような一定の爆発事故防止対策を講じているとしても、前記の注意義務に違反しているといわざるを得ず、これを怠った過失の程度は、その責任ある立場からして、被告人B及び同Cのそれよりも大きいといわなければならない。

以上によれば、被告人Aの弁護人の前記主張は、いずれも採用することができない。

二  被告人Bについて

1 被告人Bは、共同企業体から本件掘進工事を下請けし、中央監視室での監視業務を直接担当していた丁建設の現場代理人として、右工事の安全管理を行う職務にあったにもかかわらず、共同企業体側からメタンガスの発生、爆発の危険についての具体的な注意や指示がほとんどなかったことなどから、メタンガスの発生、爆発の危険はないものと軽信し、常時専任の監視員を配置することなく、当時未成年で、シールド掘進工事の経験に乏しかった被告人Cに適切な指示、指導をすることもせずに、同人を安全管理業務に就かせた過失がある。

2  なお、被告人Bは、公判廷で、共同企業体側からメタンガス発生の危険があるとの話がなかったので、本件現場でメタンガスの発生、爆発の危険があるとは考えておらず、また、ガス検知警報器の監視等、メタンガスに対する安全対策についても、共同企業体からの具体的な指示はなく、共同企業体側で行うものと思っていた旨供述し、同人の弁護人も、共同企業体と丁建設との下請契約の実質は、丁建設が共同企業体の指揮監督の下に労務を提供することであり、メタンガスについての対策は共同企業体の責任において講じられるべきであって、丁建設としては、共同企業体からの指示を待ってこれに従うことが許されたといえるところ、共同企業体からメタンガス発生の危険やガス検知警報器の監視についての具体的な指示はなかったから、被告人Bが右のように考え、また、被告人Cに適切な指示、指導をしなかったことも無理からぬところがあるなどと主張している。

しかしながら、丁建設は、共同企業体との本件掘進工事の下請契約において、共同企業体とともに工事施行に当たり、安全衛生について万全の措置を講じ、独自に安全衛生管理体制を確立する旨明記されているのであるから(<証拠省略>)、独自に安全管理を行う義務があるといえ、メタンガスの発生、爆発の危険に対する対策もこれに含まれるというべきである。

そして、本件掘進工事の下請契約について、共同企業体と丁建設との間で作成された見積書、見積条件書及び掘進工事の人員配置を記載したメモ(<証拠省略>)によれば、中央監視室での監視員一名が、丁建設が配置する稼動要員として、その費用とともに計上されていること、実際にも、被告人Aから要請を受けた被告人Bが、昼間中央監視室に監視員を配置しており、また、ガス検知警報器が設置されている中央監視室に主として在室しているのは、昼間は右監視員、夜間は丁建設の夜勤者であったと認められ(<証拠省略>)、現に、被告人Bが監視員として配置した児玉玉美は、被告人Bからガス検知警報器の監視も指示された旨供述していること(<証拠省略>)からすると、日常は、丁建設の方でガス検知警報器を監視する体制にあったと認められる。

したがって、中央監視室におけるガス検知警報器の監視及びメタンガスが発生し、爆発の危険が生じた場合の、坑内作業員への退避の指示等の安全管理業務は、第一次的には丁建設側が負っていたものと認められる。

右のとおり、被告人Bは、丁建設の現場代理人として、本件工事におけるメタンガスの発生、爆発の危険を予見し、坑内作業員の安全を確保する措置を講じる注意義務があったと認められるところ、前記のとおり、江東地区では一般的にメタンガス発生の危険性が高いことは、建設業界では常識とさえいわれていたことに加え、被告人Bは、中央監視室にガス検知警報器が設置されていることを認識していたのであるから、(<証拠省略>)、メタンガス発生の危険を予見することが可能であったといえ、メタンガスについて共同企業体側からの具体的な注意や指示がなかったからといって、被告人Bの注意義務の程度が低減するものではない。

したがって、被告人Bの弁護人の前記主張は採用することができない。

三  被告人Cについて

1 被告人Cは、被告人Bの補助者として、同人の指示の下、本件掘進工事の安全管理を行う職務にあったものであり、本件事故当時は、中央監視室にいてガス検知警報器、記録計等の監視業務に従事していながら、メタンガス発生の危険に注意を払わず、雑誌を読むなどして、メタンガス発生の有無を監視することを全く怠っていたばかりか、ガス検知警報器の警報が発した際、坑内作業員に、直ちに作業を中止して退避するように指示すべき注意義務を怠った過失がある。

2  これに対して、被告人Cは、公判廷において、本件工事現場でメタンガス発生の危険があると聞いたことはなく、その危険については全く考えておらず、中央監視室のガス検知警報器についても、特に指示はなかったので、自分が監視すべきものとは思っていなかった旨供述し、同人の弁護人も、被告人Cは、本件当時未成年であり、シールド掘進工事の知識、経験も乏しかったこと、被告人Bらから、ガス検知警報器の監視方法や警報発報時の対応を指示されたことはなかったうえ、本件工事現場全体において、事故当日まで、メタンガスの危険性が意識されたことはなかったことなどからして、本件当時の被告人Cの行動も理解し得るところがあるなどと主張している。

しかしながら、中央監視室でのガス検知警報器の監視等の業務を丁建設側が負っていたと認められることは前記のとおりであるうえ、本件当時、同所での監視業務に従事していたのは、被告人Cのみであったのであるから、同被告人は、メタンガス発生の有無を監視し、爆発の危険が生じた場合に、坑内作業員に退避等を指示すべき注意義務を負っていたと認められる。

また、被告人Cは、本件現場の前に配置されていたシールド掘進工事の現場で、ガス検知警報器や警報が発した場合の対応について説明を受け、本件現場で行われた特別安全講習でも、本件現場付近でメタンガス発生の危険が高いこと及びガス検知警報器の警報が発した場合の監視員の対応について説明を受けており(<証拠省略>)、中央監視室にガス検知警報器が設置されていることを認識していたのであるから(<証拠省略>)、本件工事におけるメタンガスの発生、爆発の危険性を予見することが可能だったといえ、爆発の危険が生じた場合の措置も講じることができたといえる。

そして、被告人Cは、前記のとおり、安全管理上初歩的ともいうべき注意義務を怠ったものであり、同人の弁護人が主張するような諸事情を考慮しても、その過失の程度が軽微であるとはいえない。

(法令の適用 被告人三名に共通)

罰条 被害者ごとに、それぞれ平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一一条前段

科刑上の一罪の処理 同法五四条一項前段、一〇条(一罪として犯情の最も重いDに対する業務上過失致死罪の刑で処断)

刑種の選択 禁錮刑

刑の執行猶予 同法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

一  本件は、東京都江東区内の地下送水管新設工事におけるシールド掘進工事において、工事の安全管理を行う職務にあった被告人三名が、十分な安全管理を行わないまま作業を進めた過失により、坑内でメタンガスによる爆発事故が発生した際、坑内作業員四名を死亡させ、一名に重傷を負わせたという事案である。

本件被害者は、いずれも、いわゆる出稼ぎに来ていた作業員であり、家族を故郷に残し、突然の爆発事故によって無惨な死を迎えなければならなかった四名の無念さは察するに余りあり、家族を奪われた遺族の悲嘆の程も想像に難くない。また、幸い命を取り止めた一名の負傷の程度も重いことをも考慮すると、本件の結果は重大であるといわざるをいない。

別表

被害者氏名(年齢)

死因

従事中の作業内容

D(当時四八歳)

爆死

シールド掘進機の運転

E(当時五六歳)

一酸化炭素中毒死

セグメントの組み込み作業

F(当時三〇歳)

溺死

G(当時二九歳)

一酸化炭素中毒死

1  被告人Aについて

被告人Aには、前記のような過失があったうえ、本件現場の実質的な最高責任者であった同被告人が、メタンガス発生の危険性に対して十分な注意を払わなかったことが、現場全体のメタンガスに対する危機意識を薄れさせ、これが本件事故を防止できなかった原因の一つともなっていることは否定できないのであって、同被告人の責任は、被告人三名の中では最も重いものがあるといわざるを得ない。

2  被告人Bについて

被告人Bは、前記の過失があり、また、丁建設の現場代理人であり、過去にシールド掘進工事に従事した経験がありながら、危険がないものと軽信し、メタンガスに対する安全対策を全くといってよいほど講じていないのであって、坑内作業員の生命を預かっているともいえる安全管理者としての自覚に欠けていたといわざるを得ず、その過失の程度は小さくない。

3  被告人Cについて

被告人Cは、被告人Bらから適切な指示、指導を受けていなかったという事情はあるにせよ、前記のとおり、シールド掘進工事における安全管理上、初歩的ともいえる過失があり、その程度は軽いとはいえない。

以上のとおりであるから、被告人三名の刑事責任はいずれも軽視できない。

二  他方、被告人らの所属する甲建設及び丁建設と、死亡した四名の遺族との間で、いずれも示談が成立しており、一部の遺族から、被告人らに対する寛大な処分を希望する旨の嘆願書が提出されていること、また、負傷した作業員に対しても、治療費や示談金の一部が支払われており、同人との間でも、その後遺障害等級の確定後に示談が成立する可能性が高いといえ、同人も右と同趣旨の嘆願書を提出していること、本件事故を契機として、甲建設及び丁建設において、安全管理体制の全面的な見直しが行われるなど、事故の再発防止対策がとられていることなど、被告人らのために酌むべき諸事情が認められるほか、各被告人それぞれについても、以下のとおり、有利に斟酌すべき事情が認められる。

1  被告人Aについて

被告人Aは、本件工事において、メタンガス対策以外の点では、共同企業体現場代理人の職務を熱心に果たしてきたものであり、本件事故によって、現場代理人の職を解かれ、甲建設から厳重注意処分を受けるなどしており、その責任の重大さを真摯に受け止め、深く反省するとともに、今後は、再び事故を発生させることのないように注意することを誓っている。

また、被告人Aには、業務上過失傷害罪(交通事故)による古い罰金前科一件があるのみである。

2  被告人Bについて

被告人Bも、本件事故によって作業員を死傷させたことを反省し、今後の事故再発防止を誓っているうえ、これまで真面目に仕事をしてきたものであり、また、前科前歴はない。

3  被告人Cについて

被告人Cは、前記のとおり、本件当時、単独で安全管理業務に従事しており、適切な爆発事故防止措置をとらなかったことにより、本件事故を惹起したものであるが、当時未成年で、シールド掘進工事の経験も乏しかったのに、適切な指示、指導も受けないまま右業務に就いていたもので、その過失を過大に評価することはできない。

また、被告人Cも、本件を反省しており、今後の事故防止を誓っているうえ、前科前歴もない。

三  そこで、以上に述べた被告人らに有利、不利な諸事情を総合考慮し、被告人らに対しては、それぞれ主文の刑に処したうえで、その執行を猶予するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官大野市太郎 裁判官大善文男 裁判官染谷武宣)

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